『天国に一番近い場所』〜その時男は動いた〜

いつも通りの時間に目が醒めた。
いつもの食事をしながらいつものTV番組を観る。
そして会社にTELした。「胸が苦しいので会社休んで病院にいく」と。
握手の事を考えるだけで胸が痛かったし、
握手後は病院に直行の可能性があった。嘘はついてない。


昼までは激しい下痢と嘔吐が私を苛む。
体が握手を拒否ってる。そんな細胞達にNO!を突きつけ
相棒のピストルを迎える為に新大阪へと向かった。


いつも通りのテンションなピストル。
握手を二度も経験した漢の姿というやつか。
やはりDIJはいろんな意味で大物だった。


現場のセルシーに到着。開演まで2時間近くある。
辻さんの心を癒せるであろうアイテムを購入し、
ミスドで来たる瞬間を頭でシミュレーションした。
「最初の加護さんは一撃で決めて、辻さんは癒すぜGO!」な作戦。
5年慕い続けて初めて訪れたこの機会。
万一にも言いそびれて外す訳にはいかなかった。


集合時間となり整理番号順にステージへと詰めて行く。
私の番号は300番台で結構近い距離だったけど、ステージはほとんど見えず。
進行役の前説が終わった後、いよいよダブルユーが登場。
新曲の赤の衣装に身を包んだ二人はとてもご機嫌な様子だった。
『愛の意味(ショートVer)』、『恋バカ』、『愛の意味(フルver)』
を披露してくれる。後はMCを少し。
歌は途中フェイクを入れたり、表現がいつも以上に豊かだったりと
やっぱり機嫌がいい。これから数千のヲタと握手だというのに…。
予想外の展開に少し面を食らう。


そして握手の時間がやってきた。
左にあいぼむ、右にののたん、そしてステージへの上り階段は右だった。
タワレコの時とは逆だ!のの、ぼむの順に握手だ!
必死に脳内を軌道修正するがかなりテンパる。


握手時間は想像に反してスローペースで一人3秒は会話する時間があった。
しかもあいののが滅茶苦茶愛想がいい。
喜ぶべき事なのに、何故か逆にプレッシャーを感じる。
二人と握手して天国気分で帰っていく人達を見ながら、
自分の頭は少しづつ真っ白になっていく。


だんだん近づいていく彼女達との距離。
ステージの階段がまるで絞首台のように思えた。
一歩一歩上りつめる。白い。なんか白い。


あと数人という所まで来ると世界が歪んでみえた。
ヤバイ。走召ヤバイ。
顔を何度もビンタしてなんとか意識だけは残す。
係員には「落ちついて(笑)」と慰められた。
彼等には注意された事しかない私がまさかの慈悲。


2〜3mの距離までくると頭ん中はもう真っ白。
相変わらず辻さんは元気そのもの。この方を癒すだと?バカな!
そしてその時はやってきた。


辻さんが目の前にいる。
この世のものとは思えないお姿で目の前に立っている。
存在そのものが奇跡。
今、彼女の瞳の中には自分しか映っていない。
誤爆でもなんでもない、私と辻さんだけの時間。
恐れ多い。勿体無い。


そんな澄んだ瞳で見つめないでください。
自分の存在をこの世から消したくなるほど純粋な瞳。
辻さんが私の言葉を待っている。
何かいわなきゃ、癒さなきゃ。
さあ、両手を差し出し勇気を振り絞って彼女に言葉をかけるんだ!





「ありわわわわわっ…」





「ありがとうございます」。この一言すらいえなかった。
不思議そうに、心配そうに見つめるのの。
癒すつもりが逆に彼女に心配をかけるとは。
私は万死に値する罪を犯してしまった。


更に試練は続く。
この世から、せめてこの場所から逃げ出したかった
私の前には加護亜依という名の神が待ち構えていた。
可愛いとか綺麗とか表面上の凄さは勿論の事、
圧倒的なオーラを放ちながら神ぼむがこちらを見つめている。
"キミは何を話してくれるのかな?"
DIJの言ってた通り彼女がこちらの言葉を待っていた。


言わなきゃ。
あなたのお陰で今の自分があるのだという事。
心の底から敬愛している事。
一生ついていくのだと、私は常にあなた様の味方なのだと。
Yes。僕ロデム。なんでも命令してください。
さあ、両手を差し出し勇気を振り絞って彼女に言葉をかけるんだ!





「ありわわわわわっ…」





終わった。何もかも。
ケモノのように身をかがめ、神ぼむの表情を見る事なくステージを降りた。
(ピスの話だと「ありがとうございます♪」と一応返事してくれたらしい)


放心状態になった私の背中にピストルが抱きついてきた。
何を言ってるのか判らなかった。
その内、抑えていたものが一気に込み上げトイレに全力疾走する。
トイレでは吐いて、泣いて、吐いて、泣いて、吐いて泣いた。
自分の不甲斐なさに泣いた。
癒すどころか迷惑をかけた自分が許せなかった。


苦い記憶と経験ばかりが残った今回の握手会。
二人からすれば「あわわわ」言ってるおっさんより、
大した気持ちがなくても気軽に話しかけてる奴の方が、
より応援してくれてると思われただろう。そこが無念で仕方ない。


でも。たった一つだけ確信した事がある。


一寸の虫にも五分の魂。
私は誰よりもダブルユーを敬愛している。
この気持ちだけは絶対に負けない。変わらない。